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今年の豊浜・鯛まつりも、船頭という大役を無事(?)に終え
ちょっと、ホッとしていますが、明日、7月30日(火)は

平成25年度商工会青年部主張発表知多支部予選会

が行われ、私は豊浜代表として、この予選会に出場します。

 

そして、ついさっき、やっと主張発表をする原稿が完成しました。
そこで、せっかくの機会なので
この主張発表原稿の全文を掲載しようと思います。

もし、お時間の許す方は最後までお読みください(^_^;)

皆さん、こんばんは。豊浜商工会青年部の斉藤慎也です。

私は、豊浜で家族だけで営む、永和堂というお菓子屋で、3代目として働いています。
大学時代と、洋菓子店で修行をした、約10年間、故郷である豊浜から離れていました。
そして父親が亡くなったのを機に、豊浜に戻り、家業である永和堂を継いでいます。

青年部に入ったのは、豊浜に戻った時、すでに入部していた同級生の勧めもあり、なんとなく入部をした、と言うのが正直なところです。入部して約13年になりますが、今でもはっきりと覚えている言葉があります。
それは、入部して間もなく、ある青年部の先輩から言われた言葉です。
「商売人なら、晩メシを家でたべとっちゃいかん」という言葉です。

この言葉、ともすると乱暴な言葉にも聞こえますが、でもこれって、あながち、間違っていないんじゃないかって思うんです。この言葉を掛けられた当時の私は、豊浜に戻ってきたばかりで、まだまだ知り合いも少なく、永和堂の跡取りとしての知名度はほぼゼロでした。
そんな私に、青年部のような場に出てきて、年齢も仕事も違う人達と話をする事は、
顔と名前を覚えてもらえるとてもいい場所だ、と言うことを教えてもらったと思っています。

こうして入部した青年部ですが、その月日が経てば経つほど、豊浜を、生まれたこの街を大事に思う気持ちが強くなってきました。

その思うようになったことの1つに、平成20年に豊浜商工会が応募した地域資源・全国展開プロジェクトに採択された事だと思います。
この事業は、商工会などが中心となり、地域の資源を活かした新商品の開発や販路開拓、観光開発などに取組むプロジェクトを支援するもので、豊浜商工会はこの観光開発部門で支援を受けることになりました。

支援が決定し、観光開発プロジェクトが始動しました。何度も会議が重ねられ、私も青年部部員として、この会議に参加し、豊浜の強みは何か?弱みは何か?を話し合い、夜遅くまで議論が続くこともありました。今にして思えば、この時間は、自分が生まれ育った街を、客観的な視点から考える、とてもいい時間を頂いたと感じています。

この豊浜の強みと弱みを考えた中で、強みの1つとして挙げられたのが、「鯛まつり」と言う古くから続くお祭がある事です。誤解を恐れず言うなら、地域のお祭と言うのは、地域住民の方々、自らが楽しむだけ言う側面が大きく、観光資源としてはまったく機能していないということがあると思います。この「鯛まつり」もそんなお祭の1つに入ってしまうかもしれません。

毎年「鯛」の形をした神輿をつくり、海に入り、ぶつけ合い、壊し、また翌年には作る。毎年、夏の猛暑の中、とても大変なお祭ですが、地域住民の方は、自らの仕事を休んででも、お祭に参加する程、お祭を愛し、大切にしています。
なんとか、このお祭をきっかけとして、豊浜が元気になってもらいたい。人口が減り、静かになりつつある豊浜が、もう一度、活気ある街へと変わっていけるヒントは、このお祭にあるかもしれない。そう信じて青年部は青年部が出来ることへと、新たに行動を開始しました。

地域の住民の皆さんが、お揃いのTシャツを着て、お祭りを盛り上げて欲しいと願い、青年部で「鯛まつりTシャツ」の作製を開始しました。
そして平成22年にはキャラブームにあやかろうと、「祭 鯛之介」と言うキャラクターを作り、昨年、着ぐるみも完成しました。そして今、青年部ではこの「鯛之介」と言う生まれたばかりのキャラクターを広めていく事にチカラを注いでいます。
先日も地元の保育所で行われた「お祭ごっご」に参加して、園児達と記念撮影をしたりして、楽しい時間を過ごしました。
また豊浜の各店舗で販売促進に使ってもらおうと、「鯛之介」が描かれた缶バッチも作りました。早速、私の店でも購入し、お店でお買い物をして下さったお客様へお配りしています。

また、先ほどの全国展開プロジェクトの観光開発事業の1つとして、豊浜の情報を発信する「おいなぁ豊浜」と言うホームページを作り、その立ち上げに参加できた事は、青年部という枠を超えて、自分の商売にとっても、大きな一歩となりました。

その当時もインターネットは各家庭や個人に普及し、さまざまな企業や店舗がホームページを立ち上げ、たくさんの情報を発信していましたが、私のような小さなお店にとっては、まだまだ手の届かない世界の話だと思っていました。
しかし、「おいなぁ豊浜」を立ち上げるために、少しずつインターネットの事、ホームページの事を学んでいくと、「ウチみたいな小さなお店こそ、インターネットで情報を発信しなければ、時代に取り残される」
そんな危機感を感じました。

そこで私も独学ではありますが、自社のホームページを立ち上げることにしました。ホームページの構成も、内容の更新も、全て自分で行っています。最初は上手くいかず、深夜までパソコンと格闘する日もありましたが、最近ではなんとか、その作業にも慣れてきました。
また昨今のツイッターやフェイスブックといったソーシャルネットワークの広がりにも助けられ、僅かではありますが、ホームページをきっかけに、商品の注文を頂くこともあります。それもこれも、「おいなぁ豊浜」に携われたことが非常に大きく、とても感謝をしています。

ここまで、私が話をしてきた
伝統の「鯛まつり」、ご当地キャラクター「祭 鯛之介」、「おいなぁ豊浜」をきっかけそした自社のホームページの立ち上げ。これら全ては青年部活動に参加することによって、学び、教えられたモノばかりです。なんとなく入部した青年部でしたが、その活動に費やした時間はとても多く、家族にもいろいろと迷惑を掛けてしまいました。

しかし、こうした青年部活動に自分の時間を使えるのは、やはり私にとって豊浜は大切な場所だと言うことです。私の祖父が始めた永和堂は、この豊浜によって支えられ、商売を続けてこられました。この関係は今後も変わることはないでしょう。私が永和堂の3代目として、私が私であり続けるためには、豊浜が豊浜であり続けて欲しいのです

そして今年度、私は青年部の部長になりました。部長になって初めての会議の時、私はワガママを言いました。「青年部の費用でポロシャツを作って欲しい。商工会青年部と言う文字は入れず、豊浜という言葉だけをいれたポロシャツを作りたい」と・・・

私の思いでは、青年部だけが着ることの出来るポロシャツでは意味がないのです。豊浜のことを思い考える全ての人が着ることが出来る。このポロシャツを着ることで、より強く、豊浜と言う存在を感じて欲しい。そんな願いを込めて、ポロシャツを作ってもらいました。
だから是非、青年部以外の地域の方にも着て欲しいと思っています。

こうして、青年部のいち部員として過ごした12年間、そしてこれから部長として2年という時間を過ごしていきます。青年部というところは入部しただけでは、何も得られません。会議の席、お酒を酌み交わす席、いろんな場面に顔を出し、いろんな人と話をして、何か得るモノはないかと、自ら探求する心をもって臨めば、自分に足らないことや、自分が得たいと思っているもの、それを見つけるヒントや答えがどこかにあるはずです。それに気付いた時、きっと青年部活動は面白くなると思います。

私にとってそれは、自分の原点やアイデンティティーは「豊浜」であり、この街が大好きだと言うことを再認識したことです。
私には7歳になる娘がいます。その娘が「どこの出身ですか?」と誰かに尋ねられた時、胸をはって、「豊浜です」と言える。そんな街にしたい、しなければいけないと思っています。そんな活動ができるのは商工会青年部であり、その可能性は十分にあると確信しています。
みなさん、これからも青年部活動を通じて、地域を盛り上げていきましょう!強いてはそれが必ず、自らの商売にも繋がっていくはずです。

ご静聴ありがとうございました。